2007年08月22日
ないものねだりの朝、「生協の白石さん」は元気かしら

去年あたりでしょうか。
一世風靡した「生協の白石さん」。
何があったわけでもなく、今朝ふと、白石さんの名前を思い出しました。
そんなことって、たまにありますよね。
あの人、どうしてるかなァって。
もっとも私は、白石さんとは面識ひとつないのですが。
白石さんはどこかの大学の生協で働いている人です。
彼(白石さんは男性ですよね?)が日々、汗を流す生協に学生からいろんな質問があり、それに対する回答が本になっていました。
その愛とユーモアにあふれた回答。
「愛は売っていないのですか…?」に、
「どうやら、愛は非売品のようです。もし、どこかで販売していたとしたら、それは何かの罠かと思われます。くれぐれもご注意ください」。
「もういやだ、死にたい」に、
「生協という字は、<生きる><協力する>という字を使います。だからといって、何がどうだということもございません。このように、人間は他人の生死に関し、呆れるほど、無力で無関心なものです。
本人にとっては深刻な問題なのに、なんだか悔しいじゃないですか。生き続けて、見返しましょう!」。
不遜に聞こえると困りますが、私、こんな人になりたい、という「こんな人」をあまり多くは持っていません。
背伸びはあくまで背伸びでしか、ないからです。
仮にあるとすれば、私より年若でがんばってる人にあこがれます。
非常に、あこがれます。
それがベンチャー起業家であれ、大工の棟梁であれ。
この生協の白石さん。
私より生きた暦の数が多いか少ないか正確に知る由もないのですが、多少、少ないのではないかと。
そうなると、彼の真摯で優しく、かつ、ものの道理を踏まえたアドバイスには頭が下がり、そしてあこがれます。
大上段に構えず、同じ目線で考える、しかも一生懸命。
こういう人に私はなりたい…。
酷暑のせいか、ないものねだりの朝でした。





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この記事へのコメント
1. Posted by 仲村 明子
2007年08月22日 22:08
今日も暑い一日でした!
生協の白石さん、確かにいましたね!!
なんだか既に懐かしいです。
>不遜に聞こえると困りますが、私、こんな人になりたい、
>という「こんな人」をあまり多くは持っていません。
私は思うのですが、男性は「○○さんについていく!」
という言葉をよく使いますが、女性はあまりないような
気がします。(最近は夫についていく・・というフレーズ
もあまり聞かないような。)
それとも、同性に「ついていきたい!」と思わせる
先輩がまだまだ少ないからでしょうか。
「こんな人になりたい」と思う人がいない⇒
「ついていきたい」と思う人もいない・・・
ということなのか、女性に「人についていく」という
発想があまりないのか・・・
以前からなんとなく疑問に思っていたことです。
生協の白石さん、確かにいましたね!!
なんだか既に懐かしいです。
>不遜に聞こえると困りますが、私、こんな人になりたい、
>という「こんな人」をあまり多くは持っていません。
私は思うのですが、男性は「○○さんについていく!」
という言葉をよく使いますが、女性はあまりないような
気がします。(最近は夫についていく・・というフレーズ
もあまり聞かないような。)
それとも、同性に「ついていきたい!」と思わせる
先輩がまだまだ少ないからでしょうか。
「こんな人になりたい」と思う人がいない⇒
「ついていきたい」と思う人もいない・・・
ということなのか、女性に「人についていく」という
発想があまりないのか・・・
以前からなんとなく疑問に思っていたことです。
2. Posted by 浦 登記
2007年08月22日 22:19
仲村さん、お暑うございます。
溶けそうですね。
私が専業主婦からの社会復帰で、男女を問わず立派な
上司に出会うチャンスが少なかったからかも知れません。
わずかながらメンバーを持った私に対して、
男性社員は、「あんなおばさん追い越してやる」と
言い、女性社員は「あんなふうになりたい」と
言いました。
この経験則を通して、男性はいつも「追い越せ」が
主題であり、女性は「追いつけ」がテーマのような
気がしています。
これは男性中心社会の、男性にかけられた負荷がなせるわざのような気がします。
あくまで、私の独断と偏見ですが。
男性が上司の場合と、女性がそれの場合とでは
違うでしょうね。
これの法則がつかめば、一冊の本が書けるかもよ。
溶けそうですね。
私が専業主婦からの社会復帰で、男女を問わず立派な
上司に出会うチャンスが少なかったからかも知れません。
わずかながらメンバーを持った私に対して、
男性社員は、「あんなおばさん追い越してやる」と
言い、女性社員は「あんなふうになりたい」と
言いました。
この経験則を通して、男性はいつも「追い越せ」が
主題であり、女性は「追いつけ」がテーマのような
気がしています。
これは男性中心社会の、男性にかけられた負荷がなせるわざのような気がします。
あくまで、私の独断と偏見ですが。
男性が上司の場合と、女性がそれの場合とでは
違うでしょうね。
これの法則がつかめば、一冊の本が書けるかもよ。

